【プロ野球】野球の質・戦略が大きく変化した平成時代のプロ野球を振り返る

私は昭和生まれですが、ちょうど学生時代に平成へと年号が変わり、さらに今回令和に変わったことにより、3つの時代を経験することとなります。

一つの時代の区切りは、過去を思い返すいい機会となるものです。
私はスポーツが大好きで、自分でもプレイしますし、観戦するのも大好きです。

今回は平成時代のプロ野球の時代的変化にスポットを当ててみたいと思います。

時代とともに変わったプロ野球の歴史を振り返る

もしも野球をやっていた方なら、憧れていたプロ野球選手がいたり、プロ野球中継をよく見ていたりした時期があるのではないかと思います。

私も同じで、プロ野球中継を見ているときなど、ふとした瞬間に昔のプロ野球を思い出し、好きなシーンをYouTubeなどで探し、ついつい時間を忘れて見入ってしまうときがあります。

平成の時代は巨人の日本一で幕を明け、平成最後の日本一はソフトバンクで幕を閉じました。2019年の日本シリーズは令和初の日本シリーズです。

プロ野球も平成の初期と後期では大きく変わりました。

ドーム球場と試合数の増加

平成元年当時、ドーム球場と言えば東京ドームしかなく、平成30年では実に6球団がドーム球場を本拠地にしています。それだけ雨で中止ということが少なくなったはずですが、2018年のセントラルリーグは特に本拠地がドームでない阪神タイガースの試合で雨で中止の試合が多い年でした。

最悪の場合、クライマックスシリーズまでに全試合が消化できず、消化できた試合までで順位を決める案も出たほどでした。

平成元年当時の公式戦は、ペナントレースが130試合制で、ペナントレースが終われば、リーグ優勝チーム同士の日本シリーズだけでしたので、優勝チームでも日本シリーズ最終戦まで最大137試合でした。

それが、平成の30年の間でペナントレースの試合数が増え、クライマックスシリーズまでできてしまい、平成30年時点でペナントレース143試合、クライマックスシリーズのファーストステージ最大3試合、セカンドステージが最大6試合、そして日本シリーズまで最大159試合と、最大22試合も増えているのです。

投手の役割も細分化し二刀流も登場

平成の初期はまだまだ昭和の野球の延長で、ピッチャーは先発完投が良しとされる時代でした。

それが試合数の増加とともに、平成の30年間で、ピッチャーの分業制が進み、先発、セットアッパー、クローザーと役割分担がされています。

そしてなんと、2019年現在ではこれまで考えられなかった「オープナー」という、最初から短いイニングのみを目的とした先発投手の役割までできてしまいました。

その他、大リーグのエンゼルスに行った大谷翔平選手の投打の二刀流なども平成初期のころには考えられなかった起用法です。

少しずつ野球の質が変わっていったのですが、きっかけはヤクルトスワローズが野村克也監督のもとID野球という、データを駆使して黄金時代を築いたあたりから、野球へのデータ導入とともに野球の質も変わってきたのではないかと感じます。

時代とともに野球も進化しています。そしてこれからの令和の時代の野球も令和が終わるころにはどのように変化していくのか楽しみにしていきたいです。


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